稼ぐ人が偉いのか

皆さんは、お金を沢山稼ぐ人に対して
どんなイメージを持たれているでしょうか?
自分は若いころ、
稼ぐ人は偉い人だ、と考えていました。
稼ぎが多いということは、
それだけ社会に貢献しているということだから、
社会に認められた証だ。
よって稼ぎが多いということは、
社会的に価値があることだ。
と、信じていました。

また巷にも、お金を沢山稼ぐ方法や、
お金を沢山稼いだ人を人生の成功者のように扱う
書籍や情報が溢れている印象です。

ただ最近は、そういった風潮に少し違和感を感じています。
「おれは、お前の稼ぎなんて秒で稼いでいるぞ!」
といったたぐいの話をきくと、
稼ぐだけが偉いわけでもないような気もしてきます。
果たして「稼ぐ人は偉い」は、本当にそうなのでしょうか?

稼ぐ=人生の成功?

お金を稼ぐということは、
それだけ人並外れた努力をしたということでもあると思います。
その点については、疑いなく畏敬の念を感じます。
ただ、稼ぐことが本当に人生の成功なのでしょうか?

他人から羨まれるような人が、
後々転落していったり、
実は、陰では様々なトラブルを抱えている話も耳にすることがあります。

どうやって稼いだのか、ということも大切なのかもしれません。
何をもって成功とするかは、人それぞれの価値観なので、
他人がとやかく言うことではありません。

少なくとも、
お金を沢山稼いで、
人から羨まれていようが、
本人が、幸せを感じていないなら、
それを人生の成功とはいえないように感じます。

では、仏教ではどう考えられているのでしょうか?

欲望に満足はない

たとえ貨幣の雨を降らすとも、欲望の満足されることはない。

「快楽の味は短くて苦痛である」と知るのが賢者である。

ブッダの真理のことば 185 中村元訳 岩波文庫

ブッダは、お金を求める欲望に限界はない、
また、その快楽も、短く、苦痛である
と言っています。
それを知るのが賢者だと。
お金を稼ぐことに、
過剰に価値を置かれている現代を生きる我々にとっては、
特に、注意する必要があるかもしれません。

また、時代が違えば価値も違います。
お金を稼ぐことは、
プライスーコスト=儲け
であることから、
大きく儲けることは搾取ととらえられ、
歴史を振り返ると『恥ずべき事』でした。
江戸時代の士農工商でも、最も低い身分です。
ヨーロッパのキリスト教でも、
お金儲けは、歴史的には蔑まれていたとされています。

以下、有名な『メキシコの漁師とMBA持ちの男の話』があります。

とても魚釣りが好きな漁師がいました。

漁師は好きな時間に起きて、釣りをして、子供や友達と遊んで楽しく過ごしていました。

ある日、あるビジネスマンがその漁師のそばにやってきて言いました。
男:「やあ、すばらしい魚だね。どれくらいの時間、漁をしていたの?」
漁師:「そんなに長い時間じゃないよ」
男:「へぇ、君は魚釣りが得意なようだね。せっかくならもっと働いてみたらどうだい?」
漁師:「自分と自分の家族が食べるにはこれで十分だよ」
男:「それじゃあ、あまった時間でいったい何をするの?」
漁師:「日が高くなるまでゆっくり寝て、それから漁に出る。
戻ってきたら子どもと遊んで、女房とシエスタして。
夜になったら友達と一杯やって、ギターを弾いて、歌をうたって
…ああ、これでもう一日終わりだね」
男:「ハーバード・ビジネス・スクールでMBAを取得した人間として、
きみにアドバイスしよう。
いいかい、きみは毎日、もっと長い時間、漁をするべきだ。
部下を雇ってもっと売り上げがでたらボートも買おう。
そうしたら仲介人に魚を売るのはやめて自前の水産品加工工場を建てて、ビジネスを大きくする。
その頃には村を出てロサンゼルス、ニューヨークへと進出していくだろう。
きみはマンハッタンのオフィスビルから企業の指揮をとるんだ。
そうすれば老後もお金ができるよ」
漁師:「なるほど、そうなるまでにどれくらいかかるのかね?」
男:「20年、いやおそらく25年でそこまでいくね」
漁師:「へぇ、それからどうなるの?」
男:「そしたら引退して、海岸近くの小さな村に住んで、
日が高くなるまでゆっくり寝て、 日中は釣りをしたり、子どもと遊んだり、
奥さんとシエスタして過ごして、夜になったら友達と一杯やって、
ギターを弾いて、歌をうたって過ごすんだ。 どうだい?すばらしいだろう」

メキシコの漁師とMBA持ちの男の話

笑い話の様ですが、
我々は、MBA持ちの男になっていないでしょうか?

まとめ

もしかしたら、何のために稼ぐのか
という目的が大切なのかもしれません。
欲に任せて稼いでいると、
その欲望には際限がなく、
稼いでも、稼いでも、満たされることはなく、
やがて稼ぐことが苦しみになり、
苦しむために稼いでいることになりかねません。

そう考えると最初の問い。
「稼ぐ人は偉いのか?」にも疑問がわいてきます。
もしかしたら稼ぐ人は、
稼ぎが少ない人よりも際限のない欲望の罠に、
よりはまりやすいのかもしれません。
生活のために必要最低限に稼いで、
派手な生活はできないが、慎ましく生きるほうが、
もしかしたら、逆に幸せなのかもしれません。
そして、もしかしたら、その足りるを知る、
少欲知足の人の方が、偉い、賢い、生き方なのかもしれません。

まだまだ、その域に達せず、
色んな欲が消し切れていませんが、
いつかは、近い未来、
自分自身、お金にとらわれない、
お金から自由になった生活をめざしてみたい、
と最近感じたりしています。

南無阿弥陀仏

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